かながわ民際協力基金 助成団体インタビュー
Home > かながわ民際協力基金 助成団体インタビュー > 子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに過ごすために~ブラジルそして神奈川で~
かながわ民際協力基金インタビューVOL.9

かながわ国際交流財団の「かながわ民際協力基金」による助成金を活かし、県内の在住外国人や世界中の人々へのさまざまな支援活動をするみなさんの思いを伺います。
※その他のインタビューページはこちらから → 助成団体インタビュー・リスト

子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに過ごすために~ブラジルそして神奈川で~
●NPO法人光の子どもたちの会 代表 鈴木真由美さん
(インタビュー実施日:2024年1月22日(月))
http://criancasdeluz.org/inicial/index_jp.html


【団体概要】
「光の子どもたちの会」では、かながわ民際協力基金54期(2022年度)の民際協力アドバンスト・プログラムにて、秦野市及びその周辺地域において、外国につながる未就学児及びその家族を対象とした問題や課題の改善を目的とした定期的な相談や幼児クラスの開催などをおこない、地域住民に周知を図り理解を深めるとともに、相談会、幼児クラス、イベントを実施しました。また引き続き55期(2023年度)においても、その活動を継続して展開しており、以前にもブラジルでの活動で助成金を活用していました(※現在、民際協力基金では海外協力事業は行っていません)。
<以前の助成実績>
2014年度 ブラジル東北部、カノア・ケブラーダ地域における全日制保育園整備プロジェクト
2011年度 ブラジル東北部の貧しい漁村における、青少年を含めた地域住民への地域子育て事業
2009年度 ブラジル東北部の貧しい漁村における、地域住民への教育支援プロジェクト



  • 鈴木真由美さん(保育士/幼児教育専門家)



日本で生まれて日本で育った鈴木さんが21歳の時に、保育士を目指してブラジルに渡ったとお聞きしました。そもそもなぜブラジルだったのか、お聞かせください。

25年ほど前のことになりますね。私は学生時代、保育科で学んでおり、いろいろなところに実習に行かせていただきました。当時、私の抱く子どものイメージは、いつも元気に遊んでいて、とてもエネルギッシュなものでしたが、どの実習先に行っても朝から眠そうにしていたり、あるいはみんなの輪に入れず一人だけ外に出ている子がいたりなど、必ずちょっと気になる子が何人か見受けられました。

これは日本だけの問題なのか、それとも世界中の子どもたちの姿ってこういうものなのかを知りたいと思って、学生時代に海外の保育園にいってみたいと思い、行ける国を探していました。そうしたところ、たまたまブラジルの大学院に行っていらっしゃる方とお話しする機会があり、ブラジルなんてこういう機会がなかったら絶対行くことなんてないだろう、と思い、その方も「実習先なんて私が見つけてあげるから来てみなよ」と言ってくれていたので、1年生が終わった後の春休みに3週間ブラジルに行かせてもらいました。

後から知ったのですが、そこはブラジルのスラム街である「ファベーラ」の保育園で貧しい子どもたちがたくさん通ってきていました。ぼろぼろの洋服を着ていたり、栄養失調でやせ細ったりしていましたが、その子たちは私が想像していた「子どものイメージ」そのままで、一生懸命、遊んだり言葉のわからない私に話しかけてきました。そこで私は「これっていったい何が違うのか」と思い、そのブラジルの保育園で働かせてください、とお願いをしたところ、はじめは断られました。「日本でちゃんと働いてから来い」といわれたので日本で2年間だけ働いて、ブラジルのその保育園に飛び込んだという感じです。ですから、ブラジルを選んだ、というのはたまたまですね。ただ本当にとんとん拍子に決まっていったので、ブラジルとの「ご縁」があったのだと思います。


団体は2007年7月の設立だそうですが、ブラジルにおいて教育事業をすることになった経緯をお話しください。

ブラジルでの最初の1年は保育園でボランティアとして働いていました。言葉もようやくわかり始めたところであり、もう少し継続的にブラジルで仕事をしていきたいと思い、模索していたのですが、もともと私を受け入れてくださった団体はそもそも海外から来る方は、「日本文化を伝える」「日本語を教える」といった、どちらかというと国際交流の面での仕事がメインでした。私が知りたいと思っていた「例えば子どもがどういう教育を受けているか」とか「家庭環境」や「保護者の状況」に関しては、あなたの仕事ではないと一蹴されてしまったのです。それでも私は「ブラジルの子どもたち」と一緒にいたいという希望を伝えました。 働いていたところはブラジルサンパウロのスラム街でしたが、その保育施設の創始者の方から、「ちょっと遠く離れた田舎の小さな村だけれども、あなたを必要としている所がある」と言われたので迷わず「行きます!」と答え、行かせていただくことになりました。それが2000年のことです。

その地域は漁村だったのですが、1980年代まで物々交換で経済を成り立たせていたところで、90年代になってようやく貨幣経済が回りだして、80年代後半からリゾート開発の対象となりました。それまではお父さんたちは漁に出て、お母さんたちはずっと家にいるという生活形態だったのが、貨幣経済により「お金」が必要になってきて、漁業だけでは厳しいので家にいたお母さんたちが観光地で働くようになってきたので、子どもたちは子どもたちだけで家にいるようになる、という状況に変わり始めた時期でした。ある程度大きくなった子どもたちはお母さんと一緒に働きに出たり、就学児童であれば学校に行きます。そこで未就学児童、とくに幼児のために保育園を作って欲しいという要望が地域から出てきたので、2000年に保育園ができました。

その保育園をつくるにあたって、日本のNGO(いま私が代表をしているNGOとは別のところです)から3年間の期間限定プロジェクトとして出資していただけることになり、私は、その保育園を立ち上げるプロジェクトに職員として参加させてもらいました。その後そこが、保育園に続き学童教室などいろいろと活動を広げていくことになり、「継続的」「持続的」にその活動支援ができるように、ということで2005年に現地法人を立ち上げました。それと同時に、日本とブラジルでの活動が本格化するに伴い2006年に日本に任意団体を設立しました。

また、民際協力基金の助成金をいただいて、地域の人たちが保育園や学童などで働いていけるようにと教育支援プロジェクトを実施しました。私たちが保育園を設立した当時は市内に乳幼児施設がなかったのですが、その後、私たちの活動を知って他にもこのような活動が始まってきたので、それをバックアップすることを政府や地域の行政とともに行うようになりました。そうした中でJICA(※1)さんとの共同事業が始まったり、日本国内でもそれを支えるためのイベントや広報活動を行うようになりました。他にも保育科がある大学や、国際協力や社会教育に関連した学科を持つ大学、それから小・中学校での出前授業のようなかたちで「国際協力」「国際交流」の活動をずっと続けています。

※1JICA:独立行政法人国際協力機構は日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関として、開発途上国への国際協力を行っている。


現在行われている事業は多岐にわたっていますが、それぞれの事業の割合を表すとしたらどのようになりますか? ブラジルにも日本にもそれぞれスタッフがいらっしゃるのですか?

コロナ禍を経て、日本国内の事業を増やしている状況です。以前であれば8割がブラジル、2割が日本という感じでしたが、現在は6割がブラジル、日本国内での事業が2割から3割、残りの1割が広報活動的なものになる、といった感じでしょうか。

現地スタッフについては現在5名おり、スタッフ自身が運営、活動のマネジメントができるようにしており、今年度から完全移管の段階で、現在私はアドバイザーという形でちょっと入っているだけです。日本の方では日本事務局で働いてくださる方が一人いらっしゃってその方は常に私と一緒にやってくださっていて、他に事業ベースの担当者がおり、例えばJICA事業であれば小林さんという方が担当としております。全部でいま8名ほどのボランティアの方が日本国内では動いています。


2000年に保育園ができて20年以上経っていますが、この間で特に印象的なことなどありますか?

現地で保育園を始めたのは日本人の私とサンパウロ出身の現地の方でしたが、いつその地域を離れることになるかわからないので、設立当初から、必ずその地域の方を育てて運営管理できるようにしていこうとやってきました。そして保育園の活動を回すということに関しては、かなり早い段階から現地の人に任せてできるようになりました。

ただ、例えばお金の管理などの経営面になってくると難しい面があり、設立から6年ほど経った時に初めて「この予算内で運営していきましょう」と任せてみたのですが赤字になってしまいました。手持ちで持っているお金はすべて使ってしまって、その先を見通すことができず、計画を立てるということが彼らにはすごく難しいのです。それに関しては今も変わらないので、私がアドバイザーとして入っているのはそのためです。「この施設はあなたたちが守ってあなたたちで運営していくのよ」とずっといい続けていますね。

ちなみに、そこの卒園生の子どもたちの中には「私の家はすごく貧しくて自分のお父さんもお母さんも自分の名前すら書けないような中で育ってきたけど、保育園を卒業して学童教室に通い、私は大学まで卒業できた」という子もいますし、奨学金をもらってドイツに留学した子もいます。そういう子らが村の中に出てきた時に周りの子どもたちも「僕たちもがんばれば自分の人生を変えられるかもしれな」という思いを持つようになったことは私にとって、とても嬉しいことです。運営の面での課題はあるとはいえ、活動のアドバイスを1から10まですべてしなくてよい状態になって、今もなお続いているというのは「こういう活動を続けてきてよかったな」と思う瞬間ですね。

  • 現地法人のスタッフたち



話は変わりますが「光の子どもたちの会」という団体の名称にした理由とそこに込めた思いについて教えてください。

この会の名前は、始めにポルトガル語で作り、それを日本語に訳したものです。ブラジルで現地法人を立ち上げよう、という段階で「何が私たちのキーワードになるかな」と考えて「子ども」「家族」、そして「光輝く」「光を目指して」など「光」という文字がたくさん出てきたのです。そこで、現地のスタッフと共に、子どもたちが自らの力で人生を歩んでいけるように光り輝いて、という思いを込めて「光の子どもたち」という言葉をそのまま日本でも使っています。


法人を運営するにあたって活動資金を調達するために、募金活動や民際協力基金などの助成金に加え、アクセサリーなど物品の販売などさまざまな方策に取り組んでいらっしゃいますね。現在の財務状況を踏まえて、今後それぞれの比率をどのようにしていきたいかお考えがありますでしょうか?

いま基本的には、会費収入よりも助成金の方が比率としてかなりの部分を占めています。これは団体設立当初からずっと思っていることですが、本来であればもう少し会費収入を増やして私たち独自の活動をできるようにマネジメントしていかなければいけないと考えています。私たちの会員も100人を目標に掲げて15年ほど経ちますが、なかなか増えていかないのが実情です。

助成金を上手く使いつつ外部への広報も含め会員の方をもう少し増やしていきたいと団体としては考えています。ただ一方で、いろいろな事業をやっていく上でどうしても会費や寄付だけでは賄えない部分もあるので、それに見合った助成金を活用したり、委託事業などを上手く使いながら活動を継続していきたいと考えています。

ちなみに現在、ブラジル現地での活動に回す資金は、助成金での調達が難しいですし、会費や寄付で賄うこともできないので、コロナ禍を経て日本の活動に資金を落としていくように変わってきています。コロナや災害などで国内が大変な状況にある中では、海外の活動に対する寄付を集めるということはますます難しくなってきている状況だと個人的には捉えています。

ですので、現地法人がブラジル国内と海外も含めてですが、もう少し寄付を集めていかなければいけない、と考えて、いま動いています。ただ先ほども少し触れましたが、現地のスタッフには資金調達などお金に関することはかなり難しいかな、と思う面がありますね。先日も会議があり、私が罵声を飛ばしてしまったのですが、「これをやったらできるじゃないか」ということが半年たってもできておらず、「でもそれがないとお金が入ってこないので、あなたたちの給料がでないのよ」といったやり取りもしたところです。現地スタッフの資金調達に対する考え方そのものを変えていく必要がありますね。


そうした現状を打開するために、なにか思いつくこと、取り組まれていることはございますか?

私たちの保育園や学童教室を卒業した子どもたちがもう20代後半になってきていてボランティアとして関わってくれており、若い彼女たちのアイデアが私たちにとっては大きな宝になって来ています。彼女らが外からいろいろ学んできたことや社会人としての経験から「こういう方法もあるよね」「こういうところはきちんと計画を立てていついつまでにこれをやらないといけない。そうしないと先に進まない」といったことを現地スタッフたちに言ってくれているのです。

例えば、現地が観光地であるということを活かして、ツアーの企画を考えてくれています。保育園の周辺で「伝統的な漁業」が行われているところや、お爺さんお婆さんが伝統工芸品を作っているところを回ったり、保育園で作ったものを売るなどのアイデアが出て、卒園生の彼女たちが中心となって動いてくれています。

こうした「新しい風」は、とてもいいなと思っていて、若い彼女たちが話していくとすっきりと物事が前に進んでいく面もあります。ビジネスと言えるほどのものではないかもしれませんが、自分たちの力で現地の運営を回していけるようになればいいな、と思っているので、彼女たちをいま応援しているところです。

  • ブラジル現地の保育園にて自由にクレヨンで絵を描いている子どもたち



活動していくにあたり、地方自治体や国に働きかけを行っていて「案外これはスムーズにいったな」ということ、一方で非常に困難を極めたことがあれば、教えてください。

いま私たちは日本でもブラジルの方でも地方自治体と連携しながら事業をさせていただいています。ブラジルの方は基本的にお任せ、というかたちが多く、私たちが提案して「では一緒にやりましょう」となると、行政サイドはあまり細かいところまで入り込んで来ません。私たちが「こういう活動でやっていきます」と宣言すると、行政はたまに視察に来ますが、基本的には私たちの裁量に任せています。一方で、日本の行政とも一緒に事業をしていく中では、ブラジルと比較すると細かいところまで気を配ることが求められます。

例えば地域子育て支援拠点を会場にして、相談会や親子教室を開催する際に、私たちの団体のSNSなどでの広報ができなかったり、外国につながる人たちが集まりやすいという観点から会場となる施設を選びたいけれども、その通りには行かなかったりすることもあります。同じ目的のもとに動いているとはいえ、事前に役割分担などについても丁寧に調整していくことの必要性と難しさを感じているところです。


「光の子どもたちの会」の組織形態についてですがスタッフは何名で、いま手が足りないところはどのようなところでしょう。

ブラジルの現地法人では、お話したように「経営面」を担う人材が不足しており、別途、一人雇わないといけないのではないかと思う一方、それだけの人件費を確保できるほどの資金はない、という難しい状況です。ただ、いずれにしろ、もともと「教員」として育ててきた人たちに「学校運営」まで任せるのが、やはり厳しいのかな、と思っているところです。

日本の事務局については、基本的にボランティアベースで活動してくださっている方が多くて、常勤は私を含めて2名です。イベント等がある時にはボランティアの中から「私が参加できます」ということで自主的に手を挙げていただいていますが、「ボランティアスタッフを増やしていくことが必要だよね」という声もあります。実はいまボランティアスタッフとして動いてくれている方は30代後半の人が多いです。というのも、学生時代にスタディツアーなりボランティアとして参加してブラジルに来てくださって、私たちの日本の活動にも携わってくれている方がほとんどです。

現在、もう少し若い人たちを入れることで、とっさの時にも対応できる人材を増やしていきたいと考えています。ですので、学生たちに関心を持ってもらうようイベントなどで声をかけたり、自分の娘たちが高校生、大学生になってきているので、そのつながりからも声をかけていって若いスタッフを入れたいと考えています。

  • 日本の事務局のスタッフたち

  • 日本でのイベント「ブラジル料理教室」



今後の活動の展開として、例えば神奈川県内での活動により重点を置いていきたい、といったことなどはありますでしょうか?

冒頭でお話したように、もともと私がブラジルに行ったきっかけとしては、学生時代の実習先で気になる子どもたちがいて、その日本の子どもたちにより良い環境を提供したいということでした。そのために保育や教育を海外で勉強して、神奈川県下で役立てたいという思いがあったのですが、現地のブラジルでご縁があって長く活動することとなりました。コロナ禍を経て県内での活動が増えてきましたが、実はいまの私自身の気持ちとしては「あぁ、ようやく自分が考えていたことができるかな」という感じです。

日本の保育園で働かせていただいますが、保育士として働くだけでなく、日本でもいま「外国につながる子ども」も多いですし私の娘もその当事者ですので、神奈川県内で活動することも考えています。いまNPO法人横浜NGOネットワーク(※2)の方々とともにSDGsの活動に積極的に関わり、報告会に参加したり一緒にブースを出して物品を売ったりするなどの活動をしています。

また横浜の私立の高校とのコラボレーションで、ブラジルと日本の高校生の間での国際交流をしていくプロジェクトを立ち上げました。こうした機会の他にもお声がかかれば積極的に関わっていきたいとも思っています。また現在、民際協力基金の助成金を活用しながら秦野市の未就学児に対する活動や、私たちの事務所のある横浜市港北区の地域子育て支援拠点である「どろっぷ」でも活動させていただいています。

※2 横浜NGOネットワーク:横浜NGOネットワークは地域ネットワークNGOとして他セクターと市民とNGOを繋ぐ国際協力分野の中間支援の役割を担っており、SDGs目標16、17にコミットした活動を行います。(横浜NGOネットワークHPより https://ynn-ngo.org/ )


ブラジルでの経験が国内で活動する際にも活きている、ということはありますか? また一方でブラジルではうまくいったけど日本では難しい、ということもあればお話しください。

活かせている点としては「保育や教育は多種多様である」という前提で日本でも活動しているので、例えば保育園や地域子育て支援拠点などで「こういうところは同じですね」「ブラジルではこういう風にやっているんですよ」とか「こうやったらご家族の方も気持ちよく参加できるかもしれないですね」など共有できるものはかなりたくさんあると思います。

外国にルーツのある人たちにとっては、やはり日本のシステムや慣習は難しいところもあって、日々の子育ての中でも困っていることがたくさんあると思いますが、そういう中で少しでも私たちの経験も踏まえて、園を運営している側の人たちに対して「これについてはそんなに心配されなくても大丈夫ですよ」ということなどを伝えるようにしています。すると「鈴木さんに相談してよかったです。ブラジルのことをよく知っているから」とか「南米の方たちはこういう方々が多いのですか?」というように安心してもらったり、より関心を持ってもらえるようになったらいいなと最近は感じています。

一方、難しい点としては、先ほども触れましたが行政との関わりです。私たちが、学校の現場の先生や父兄の方とご縁ができてつながったとしても、次の段階のアクションを起こすのに時間がかかってしまい、タイミングを逃してしまうこともあります。行政側としては、組織としての対応をする必要がある、という事情も理解できるのですが、ものごとがスピーディに運ぶブラジルでのケースとついつい比較してしまうので。ただ行政とともに事業をしていることで間口が広がったというメリットもあります。そのことによって縛りも出てきますが、それでも私たちが活動していく中で、さまざまな当事者の方々と知り合うこともできました。


民際協力基金を知ったきっかけや、54期助成事業を終えられた感想はいかがでしょう? また今後、力を入れていきたい活動についてもお願いします。

民際協力基金についてはブラジルでの活動に対して、初めて助成金をいただきましたが、それが15年ほど前になります。今回の54期助成事業に関しては、初めて国内での活動に対して助成していただきました。日本での活動を展開しようと考えたときに、私たちは特にブラジルで活動してきたので中南米につながる人たちを対象として考えました。しかも県央地域の秦野市とご縁もありましたので、そこで活動させていただくことなりました。

申請をして助成金をいただくところまでは比較的スムーズに進みましたが、実際に活動していく中で、例えば地域子育て支援拠点を会場にして「幼児教室」を開催しても参加者がなかなか集まらなかったので、財団を通じて関係者の方々をご紹介いただきアドバイスをいただくことができました。引き続き、未就学の子どもを育てる家庭での「困りごと」を減らしていけるように活動を続けています。

私たちが意図している活動を思うようにスピーディに進めていくことができていない中で、民際協力基金の助成金を受けている他の団体ともつながることができて「一緒にやりましょう」とお声掛けいただくなど、団体として横のつながりができたのはとても大きなことだと思っています。私たちは長年、海外で活動を続けてきたので、国内で活動していくにはまだまだ未熟なところがあるので本当に助かっています。

それから今後、力を入れていきたい活動としては2つあります。ひとつはブラジルでの活動として、いままで「保育園」「学童教室」を運営してきましたが、その上の世代向けの「若者の居場所づくり」に、いま力を入れているところです。先ほどご紹介した横浜市の私立の高校とのコラボレーションもその一環です。もう一つは、日本国内での活動をもう少し積極的に行っていきたいと思っており、秦野市での活動に加え、事務所が横浜市港北区にありますので、そこの地域子育て支援拠点での活動も充実させていきたいと思っています。


これまでのご経験から民際協力基金の制度について「こういう点がこうだったらいいのに」という忌憚のないご意見があればいただけますか?

1年ごとに申請が通れば3年間は連続して助成を受けることができる(ただし4年間連続しては不可)というのは他の助成制度の仕組みでも同じところはありますし、むしろ3年連続で助成を受けられることは、ある意味、利点だと思っています。

ただ民際協力基金は、助成金の半額が事業開始時に支払われ、残りの半額は事業が終了して助成事業の清算時に支給されるという仕組みなので、その間のタイムラグが発生してしまうのが難点かと思います。事業開始時と事業が終了した清算時に2回に分けて支払われるということが悪いという面ばかりではないのですが、本心としては事業開始時に全額いただければ、というのが正直なところです。その一方で、こうした助成金を活用した事業を実施していく中できちんと清算をしていかなければならない、という意識づけはされるので、活動全体を引き締める意味では有益かなとも思います。

それから、民際協力基金では人件費も認めているという点が特徴的かと思います。いろいろな助成制度がありますが人件費に充当可能というのは、なかなかないので本当に助かります。多くの助成金が物品の購入など購入先から領収書やレシートが出るものしか対象にならないことも多いので、私たちのように人が動くことがメインになる活動をしている団体にとってはありがたく感じています。


財団とは最初に助成金を申請した2009年からやり取りがありますが、これまでの職員の対応について特に印象に残っていることはありますか?

最近はオンラインミーティングの形でコミュニケーションをとらせていただくことが多いのですが、以前は対面でお話することが普通だったので、それこそ「こういう事業を提案したいのですが、、、」と相談に訪れると、財団職員の方々が丁寧に対応してくださいました。最初は、やりたい事業をどう組み立てていくのかも、まったくわからない状態だったのですが、ホワイトボードに書きながら「こういう風に組み立ていくとよいのでは」と事業の計画立案の段階からみなさんが真剣になって相談に乗っていただき、とてもありがたく感じていました。オンラインミーティングもいいのですが、顔を合わせたミーティングもまたできたらいいなと思っています。


最後に民際協力基金への申請を検討している他の団体の方々に一言、メッセージをお願いします。

申請しようかな?と考えている方の中には、最初は「申請書の書き方がよくわからない」あるいは「こんな活動内容でも申請していいのかな」と悩まれる方も多いと思います。先ほどもお話ししましたが財団に問い合わせると職員のみなさんが、そういった問いにも丁寧に答えてくださるので、「先ずはやってみよう」という気になられた方は、遠慮せずに財団に連絡してみてください。


お時間をいただき、どうもありがとうございました。
PAGETOP