第6回 グローバル化の中で、地域社会の未来を語る 〜21世紀かながわ円卓会議が⽬指しているもの〜
かながわ国際交流財団の、設⽴以来40年を振り返る連載は第6回となりました。
ここまで1977 年の設⽴から、10年単位で事業の⼤きな⽅向性を概観してきましたが、今回からは、現在も継続中の主要な事業について、企画・実施の経緯や事業に込めた意図を含めてご紹介していきます。最初は、KIFの事業の4つの柱の「IV 学術・⽂化交流を通じた地域からの将来像の提案」の中⼼となる事業「21世紀かながわ円卓会議」(以下、円卓会議)です。
※画像はクリックすると拡⼤します。⼈物の肩書は当時のものです。
●「円卓会議」ってどんなもの?
円卓会議は、「グローバリゼーション」をテーマに据え、その影響について研究者、ジャーナリスト、⾃治体の⾸⻑や職員、実務家など様々な⼈たちが集まり、多⾓的に議論を進め、地域から将来像を発信しようとする催しです。2000年から現在まで継続して⾏われています。
通常の講演会のような「講師−聴衆」という⼀対多の関係ではなく、実務や研究の蓄積のある⽅々が、講師と対等な「討議者」という形で参加し、互いに問題提起し合い、対話を進めます。課題を共有し、何ができるかを考え、グローバル化の中での地域社会の望ましい将来像を提案することを⽬的としています。(世界で活躍する政治家や企業家が集う「ダボス会議」の⾮営利・地域版、と⾔ったらイメージしやすいでしょうか?)
「円卓会議」実施⾵景(2011 年11 ⽉)。 ⽂字通り卓をまるく囲み、問題提起・討議を重ねる催し。 |
これまで「グローバリゼーションと価値観」「市⺠社会の役割」「⽂化の絆」「分かち合い」などをキーワードに議論が積み重ねられてきました。議論をリードする「モデレーター」には国際政治学者の鈴⽊佑司さん、歴史学者の樺⼭紘⼀さん、財政学者の神野直彦さんなど⽇本を代表する研究者があたり、多くの著名な⽅々が講師・討議者として参加してきました。
<21世紀かながわ円卓会議テーマ・講師⼀覧はこちら>
この蓄積をもとに、近年は、過去に討議者として参加された⽅々を中⼼に神奈川で先進的な活動を⾏う
団体と連携し、相互に関係をつくりながら議論を重ねるようになっています。
開催形態も、年1回、2⽇間連続での開催から、鍵になる考え⽅を講師が提供する「キックオフ講演会」、討議者を中⼼に先進事例を聴き討論する⼩規模の「勉強会」、最後に積み重ねた議論を深め総括していく「シンポジウム」など、年間を通じて複数回開催する形に変えました。2017年度は、講演会(6⽉)、⼩規模の勉強会(7⽉)、シンポジウム(11 ⽉)を実施します。
ここで、「円卓会議」の具体的な内容や⾏われている議論について、2017年7⽉に⾏われた会をひとつの例としてご紹介しましょう。
21世紀かながわ円卓会議 勉強会
「分断を超えたコミュニティを育む市⺠社会のかたち」
(2017年7⽉30⽇実施)
●報告
① ⾺場拓也((社福)愛川舜寿会ミノワホーム/愛川町)
② 早川仁美(地域お茶の間研究所さろんどて/茅ヶ崎市)
●報告を受けて討議者からの投げかけ
① 加藤忠相(NPO 法⼈ココロまち/⼩規模多機能型居宅介護事業所おたがいさん/藤沢市)
② 名⾥晴美((社福)訪問の家/横浜市)
③ 原美紀(NPO法⼈びーのびーの/港北区地域⼦育て⽀援拠点どろっぷ/横浜市)
④ 裵安ぺいあん(NPO 法⼈外国⼈すまいサポートセンター/横浜市)
⑤ 三浦知⼈((社福)⻘丘社/川崎市)
●報告者・討議者を交え、参加者全員でグループディスカッション
●挨拶・コメント(円卓会議運営委員より)
① ⼩川泰⼦((社福)いきいき福祉理事会理事⻑)
② 林義亮(神奈川新聞社取締役編集・NIE 担当論説主幹)
●分断を超える 〜⽬に⾒える壁を壊すことから〜
現在、グローバリゼーションの潮流のもとで格差が拡⼤し、排外主義が世界を覆っています。地域社会の中でも⼈々が孤⽴し、貧困や障害、国籍や⽂化的背景など様々な理由で⾃分と異なる⼈々を切り捨て敵視する、「分断」が進んでいます。在⽇コリアンの⼈びとなどに対するヘイトスピーチ/ヘイトデモ、⽣活保護受給者に対するバッシングも続いています。昨年、相模原市にある知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19名が殺害された事件の衝撃は、忘れることができません。
このような状況の中、多様な⼈ひとりひとりが尊重され、誰もが⼈間らしく共に⽣きることのできる社会をつくるためにはどうしたらよいのでしょうか。
「多様性が尊重される地域社会」とは、どのようなものなのでしょうか。
KIFは、「多様性を尊重する“かながわ”の⼈づくり・地域づくり」を事業の重点⽬標に掲げています。
円卓会議でも、そうした内容について対話を深めるためのテーマを設定しています。
2017 年7 ⽉30 ⽇、今年度3回実施される円卓会議の第2回(勉強会)として、「分断を超えたコミュニティを育む市⺠社会のかたち」をテーマとした報告と討議を実施しました。
愛川町で特別養護⽼⼈ホーム・在宅介護⽀援センターを運営する(社福)愛川舜寿会ミノワホームの⾺場拓也さん、茅ヶ崎市で個⼈宅など様々な場所を拠点に⾼齢者、⾚ちゃん連れの親⼦、思春期の⼦どもなど多世代・多様な⼈たちの居場所づくりの活動を⾏う地域お茶の間研究所さろんどての早川仁美さんからの活動報告を軸に、県内で⾼齢者、⼦ども、障害者、外国につながる⼈々などと地域づくりの活動をする⽅々が「討議者」として応答し、参加者全員に対話を広げていく形で進⾏しました。
特別養護⽼⼈ホーム「ミノワホーム」は、施設を囲っていた⾼さ1.5メートルのコンクリートの壁を取り払いました。壁を壊す直前に津久井やまゆり園の事件が起こり、防犯⾯を懸念する声や様々な葛藤もあったそうですが、常務理事である⾺場さんは、計画を貫きました。
そこには⾺場さんの「⼊所者さんと地域との⽇常的なつながりを育みながら介護をしていきたい」「施設が積極的に地域と関わり、交流を⽣み出していくことが地域包括ケア(※1)を広げていくきっかけにもなる」「交流を通じて介護施設や介護の仕事に関⼼を持つ⼈を増やしたい」という強い思いが込められています。
地域でずっと暮らしてきた⽅が⾼齢になり施設の壁の中に⼊った途端、⽬に⾒えない存在となり、その⼈個⼈のあり⽅よりも「⾼齢者」として分類され、社会から隔てられてしまう。⾺場さんはそのような状況を変えようとしています。壁を壊したあとには地域の誰もが⼊れる休憩スペースをつくり、少しずつ地域とのつながりができていると⾔います。
●異分野の対話をつなぎ、「続ける・深める」場づくり
ここ数年の円卓会議は、コミュニティのあり⽅を中⼼テーマに据えています。7⽉30⽇の催しに討議者として参加した5名の⽅々は、いずれもこれまでの円卓会議で、グローバリゼーションとコミュニティに関わる対話を続けてこられました。「講師・報告者」「討議者」に⼀過性のイベントとして集まっていただくのではなく、継続して議論を深めていただく場をつくることも円卓会議の⼤きな⽬的です。
討議者のひとり、三浦知⼈さんは、韓国・朝鮮の⼈びとの集住地域である川崎市南部で地域の活動に⻑年携わり、差別と闘う運動の中で設⽴された共⽣のための施設「川崎市ふれあい館」で勤務されました。現在は同館を運営する社会福祉法⼈⻘丘社の事務局⻑をされています。1960年代、韓国・朝鮮の⼈びとへの差別との闘いから始まった取組は、その後増えていったフィリピンや南⽶などの他の外国⼈住⺠にも広がり、「多⽂化共⽣」という⾔葉が⽣まれるもとになったと⾔われています。ふれあい館のある川崎市南部の桜本でヘイトデモが⾏われた時、地域の⼈びとはデモ隊に対しても「共に⽣きよう」「共に幸せに」と横断幕を掲げて呼びかけました。
その⻘丘社が、在⽇外国⼈のみに焦点を当てるのではなく、活動の中で国籍・⺠族を問わず困難を強いられる⼈々に⽬を向け、⾼齢者・障害者のための通所介護、居宅⽀援・訪問介護や居場所づくりなどの事業を⾏っていることは意外に知られていないのではないでしょうか。
報告の後、参加者全員で4〜5名に分かれてグループディスカッションを⾏いました。⾺場さんと三浦さんは同じテーブルに座り、情報を交換し、話し合いを深めていました。
2017年7⽉30⽇実施 21世紀かながわ円卓会議勉強会 「分断を超えたコミュニティを育む市⺠社会のかたち」 |
グループディスカッションで。 報告者⾺場拓也さん、 討議者三浦知⼈さんを交えた対話 |
この場では⾺場さん・三浦さんをご紹介しましたが、当⽇の報告者・討議者は皆、⾼齢者、障害者、⼦育てなど異なる分野で、「分断を超える」「共⽣」を、⾔葉だけでなく形にする活動を⽇々重ねています。分野が違い接点がなかった⽅々が、会議の後連絡しあい、施設の⾒学に⾏くなどの関わりも⽣まれています。参加者として来場される⽅々も、多くがそれぞれの活動や関⼼を継続的にもっています。
対話の場をつくり、多様な⼈をつなぐことは、中間⽀援組織としてのKIF の重要なミッションです。円卓会議は、講師・討議者等との継続的なつながりに加え、共催・協⼒・後援を含めて様々な団体にも協⼒を求め(※2)、対話の輪を広げようとしています。
●異質なものに向き合う 〜⾒えない⼼の壁を壊す〜
施設の壁を壊した⾺場さんの例を紹介しましたが、私たちの⼼の中にも⽬に⾒えない壁が作られているのかもしれません。激しい変化の中で膨⼤な情報に晒され、⾃分に関わりのあることだけを⾒てその枠の中で正義を語り、異なる⼈たちとの断絶が深まっている、ということはないでしょうか。
円卓会議は、国境を超えた国際社会共通の課題を、学術研究による知⾒を活かし考えていくことを⽬指した「かながわ学術研究交流財団」(K-face)の事業として始まりました。(連載第4回・第5回参照)(※3)
円卓会議では、様々な研究者が時代・地域を超えて蓄積された研究の成果を、対話を共有するための参照軸として提⽰し、場を⽀えます。現在の議論は、2000年度から2008年度までの8年間モデレーターを務められた神野直彦さん(※4)を始めとする多くの研究者・専⾨家の⽅々と共に継続されてきました。研究者が⼀⽅的に知⾒を披露するのではなく、表⾯から⾒えることからは解決の⽷⼝が⾒つからない課題に新しい⾒⽅を与え、その場に集った⾏政・NPO・市⺠等が実践事例を提⽰し、共有しながら、よりよい社会を⽬指す知恵を相互に模索してきています。
2013 年11 ⽉の円卓会議より。 左端は2009 年から8年間モデレーターを務めた神野直彦さん(左)。討議者の奥⼭千鶴⼦さん(中央)、加藤忠相さん(右端)の姿も。 |
企画を検討する運営委員(2012年12⽉当時) 右から樺⼭紘⼀さん、⾼島肇久さん、⿊⽥玲⼦さん、福原義春KIF名誉顧問。 2017年7⽉現在の運営委員はこちら |
いま、異なる考え⽅をもつ⼈々が、対話の場を持つことそのものが⾮常に困難です。KIF が少しでも多くそのような「場」をつくることができるよう、継続して努⼒していきたいと考えています。
●「⺠」から始まる未来
KIF設⽴の根底にある考え⽅「⺠際外交」は、海外の⼈びととつながる「外交」の部分が⽬を引きますが、「⺠」の部分に⼤きな意味があります。グローバル社会を形づくるのは「国家」ではなく、⼈間ひとりひとりであり、国や⺠族を始めとする様々な違いにより作られた「枠」に⼈間をあてはめ分け隔てるのではなく、様々な違いを持つ⼈間全てが尊重され、⽣かされる社会をつくりたいという願いがあります。
「尊重される」とは、受動的に⼤切にされるだけではなく、それぞれが主体的に考え⾏動し、それを認め合えるようになることです。円卓会議のプログラムにおいても、そうした主体性を育む⼤切さを重視し、⼩グループでのダイアログをプログラムに含めています。
⼀般参加者を交えて対話。 この時は内容をファシリテーショングラフィックで共有した(2012年10⽉) |
かつてない規模での少⼦⾼齢化、格差の拡⼤、移⺠の問題など、私たちはこれまで想像できなかった社会を現実のものとして迎えつつあります。
グローバル化の中で、⽣活の基盤である⾝近な地域でつながり、地域課題に取り組む活動に主体的にかかわりながら、学びと実践を繰り返すことの⼤切さを、円卓会議を通じて発信していきたいと考えています。
※次回の円卓会議…ふるってご参加ください!
11⽉11⽇(⼟)10:15〜16:20
湘南国際村センターにて
テーマ: かながわから「頼り合える社会」をつくるために
モデレーター: 井⼿英策(慶應義塾⼤学教授)
※詳しくはこちらをご覧ください
円卓会議の概要とこれまでの開催内容
円卓会議は、2〜3年ごとにひとつのテーマを設定し、継続して議論を深める形を取っています。
2000年2⽉に始まった第1次シリーズ(2000〜2002年度)はトータルテーマを「グローバリゼーション」とし、アジアの中の⽇本、イスラム世界と他の⽂明地域との共存、国境を超える経済活動の進展などをテーマにして議論しました。続く第2次シリーズ(2004〜06年度/トータルテーマ「21世紀を構築する」)では、講師や討議者として、政治学、社会学、哲学、⽂化⼈類学など多様な分野の研究者や⽂化⼈に参加いただき、グローバリゼーションの光と影両⾯について掘り下げていく議論を展開してきました。
第3次シリーズ以降は、影の部分である⽣活様式の画⼀化や地域の独⾃性・多様性が損なわれつつある地域社会のあり⽅に重点を移しています。そして、県内地域での取組みや⾃治体の制度なども取り上げながら、地域社会のあるべき姿や、そこで果たされる機能(地域福祉や⼦育て・教育など)、担い⼿の育成について多⾓的に議論し、トータルテーマについても、「新しい都市と地域」「コミュニティが育む⼈間性」「地域⼒(community capacity)」「地域社会を活性化させる⺠主主義」と深化させてきました。
2016・2017年度の第7次シリーズでは、トータルテーマを「神奈川のコミュニティとグローバリゼーション」としています。これは、グローバリゼーションが加速する中で、個⼈がこれからの⽣き⽅や、⾃らが住みたい社会を考える際に、改めてコミュニティが⼀定の役割を果たすことができるのではないか、そして望ましいコミュニティをつくるのは私たち⼀⼈ひとりではないか、という投げかけを込めています。
■21世紀かながわ円卓会議 運営委員(2017年8⽉現在)
樺⼭紘⼀ 印刷博物館館⻑/東京⼤学名誉教授
⾼島肇久 (株)海外通信・放送・郵便事業⽀援機構取締役会⻑
⿊⽥玲⼦ 東京理科⼤学研究推進機構総合研究院教授/東京⼤学名誉教授
林義亮 神奈川新聞社取締役編集・NIE 担当兼論説主幹
⼩川泰⼦ (社福)いきいき福祉会理事⻑
●「円卓会議」開催⼀覧 (2000年度〜継続中)
<クリックすると開きます> |
円卓会議関連の書籍・報告書 |
※過去の「円卓会議」開催について https://www.kifjp.org/ace/round_table
■報告書・書籍の⼊⼿について
これまでの「円卓会議」の講演や議論の内容は、それぞれ報告書にまとめられ、書籍としても発⾏されています。報告書は定価300〜500 円(送料6冊まで無料)で販売しています。ご希望の⽅はお問合せください。
連絡先: かながわ国際交流財団 TEL:046-855-1820 E-MAIL: shonan@kifjp.org
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※1 地域包括ケア
⽣活・医療・介護・予防に⼀連の関係性と流れを作り、⾼齢者が今までと同じ地域で充実した⽣活を送れるようにするケアの仕組み
※2 様々な団体の協⼒
今年度の円卓会議は、共催に神奈川県・(⼀社)インクルージョンネットかながわ、NPO法⼈ココロまち、NPO法⼈外国⼈すまいサポートセンター、NPO法⼈びーのびーの協⼒に神奈川県⽴保健福祉⼤学(地域貢献研究センター)、NPO法⼈まちづくり情報センターかながわ(アリスセンター)、七⾥が丘こども若者⽀援研究所、後援に(社福)神奈川県社会福祉協議会、(公社)かながわ福祉サービス振興会、(公社)神奈川県社会福祉会、(⼀社)神奈川県介護⽀援専⾨員協会、神奈川新聞社、神奈川県弁護⼠会との連携により実施しています。
※3 かながわ学術交流財団(K-face)と「円卓会議」
K-face の主要事業であった「グレート・ブックス」事業などでも繰り返し強調された(第5回記事参照)、「⾼度に専⾨化・細分化されていく社会(への懸念)」「⾃らをとりまく世界の中の多様なつながりを意識することの重要性」、「様々な事象を俯瞰的に眺めることの視座、中⻑期的な観点でものを考える姿勢の⼤切さ」、「⺠族や⽂化、価値の多様性を受け⽌めつつ対話を続ける姿勢」などの問題意識は、特に円卓会議などKIF の事業の柱「IV 学術⽂化交流を通じた地域からの将来像の提案」に引き継がれています。
※4 神野直彦さん
東京⼤学名誉教授。地⽅財政審議会会⻑、政府税制調査会会⻑代理等要職を歴任。著書に「地域再⽣の経済学」「財政のしくみがわかる本」「『分かち合いの経済学』」など。