かながわ国際交流財団 設立40周年

2017年、神奈川国際交流財団は
設立40周年を迎えました。
1977年〜2017年までの年表と、
主要な事業を紹介する連載記事をご覧ください。

かながわ国際交流財団 設立40周年

かながわ国際交流財団 40年のあゆみ(連載記事)

1977年の設立以来、2017年で40周年を迎えたかながわ国際交流財団(KIF)。
どんな時代状況の中で、どのような活動を行ってきたのでしょうか。
主な事業をご紹介しながら振り返り、将来を展望したいと思います。

KIFの歴史は、多くの方のご協力で進められてきました。長期間、多岐にわたる事業の中で、現在のスタッフには見えないことも多いと思います。

当時の様子についてのコメントや、お気づきの点などありましたら、ぜひ当財団へご連絡ください。

※一部のスマートフォンでは、文字が正しく表示されないことがありますので、その場合にはPCで閲覧していただくようお願いします。

第3回 「内なる国際化」への取組(1980年代後半~1990年代後半の事業から)

今回は、神奈川県国際交流協会(KIA)の、1980年代後半から1990年代後半にかけての事業の中から、「内なる国際化」=地域で暮らす外国人住民との共生にかかわる取組をご紹介します。 <関連年表リンク>
※画像はクリックすると拡大します

●内なる国際化への取組

民際外交が開始された1975年、県内の外国人登録者は韓国・朝鮮籍など旧植民地出身者が大半(1975年末現在で約7割)でした。
神奈川県は民際外交開始後間もない1980年以降、そうした人びとが差別に苦しみ、社会保障や教育制度の適用外に置かれる状況に対し、「内なる国際化(内なる民際外交)」の文言を掲げ、外国人住民と共に生きる地域づくりに着手しました。在日韓国・朝鮮人にかかわる実態調査や啓発事業から開始し、取組はその後、在住外国人全般に対する施策の検討・策定・実施へと拡がっていきました。

KIAが「内なる国際化」への取組を本格的に開始したのは、1980年代後半以降です。前回ご紹介したように、1977年の設立時から行っていた異文化理解・親善交流中心の事業方針を、この時期にアジアを中心とする発展途上国への協力と、地域で暮らす外国人住民との共生へと転換していきました。



●外国人住民の急増と定住化

1980年代後半以降は、アジアや南米出身の外国人住民が急増した時期です。神奈川県の外国人登録者数は1985年から1995年までの10年間で約47,000人から105,000人へと、2倍以上になっています。(参照:神奈川県ホームページ

1985年の「プラザ合意」による急激な円高やバブル景気のもと、外国人労働者や留学生、日本人男性と結婚する女性など(主にアジア出身)が増えました。さらに1990年の入管法改正では日本人の血縁者に定住資格が拡大され、制限なく就労できるようになったことから、ブラジル、ペルー、ボリビアなどからかつて移民として渡った日本人の子孫とその家族が来日して働き、生活するようになりました。

また、他県と比べ、神奈川の大きな特徴として、インドシナ難民の存在があります。
インドシナ半島の戦乱、難民の大量発生という世界の重大問題が外圧となって難民の受け入れが開始され、日本は1979年に国際人権規約、1981年に難民条約を批准しました。批准に伴って国民年金、児童手当など社会保障制度が改正され、社会福祉の対象が「日本国籍を有する人」から「日本に居住する人」に変わり、在留資格「定住者」が創設されました。外国人は客人としていつかは帰国するものという認識が現在よりさらに強かった当時、「第二の黒船」とも称される衝撃があったといいます。
神奈川では、兵庫県姫路市とともに県内大和市にインドシナ難民定住促進センター(1980年開所、1998年閉所。入所者約2,600人)が開設され、来日した難民は3~4か月間の入所で日本語教育や生活指導、就職あっせんなどを受け、その後周辺の市町などで働き、生活するようになっていました。
この時期、多くの日本語ボランティア教室が定住難民や中国残留孤児の帰国者を対象として始まり、後に外国人の多様化により様々な人々を受け入れるようになっていきました。


神奈川県国際交流協会(KIA)の「内なる国際化」にかかわる主な事業
(1980年代後半~90年代後半)

1988年 留学生相談コーナー開設
1990年 かながわ国際識字フォーラム開催
「ことばのちず」発行
神奈川国際学生会館白根(横浜市旭区)開館、県から運営を受託
1991年 定住者のための日本語シンポジウムSONA’91
講演会「定住難民のこころを考える」
日本語ボランティアのための研究セミナー
定住者のための日本語教科書「わたしのこと」発行
神奈川国際学生会館淵野辺(相模原市)開館、県から運営を受託
日韓交流 歴史の旅
1992年~1994年 日本語講座・日本語教授法講座(各年4~6市町村と連携)
1992年~1993年 在日韓国・朝鮮人と日本人の共生を考えるスタディツアー
1993年~1994年 オーストラリアスタディツアー実施(テーマ:これからの多文化社会)
1993年~1997年 キャンピング・フォーラム SONA(エスニック・キャンプ)
1993年 冊子「もっと・あなたに・であいたい」発行
1994年 かながわ日本語ボランティアのつどい
ボランティアのための日本語講座
1996年 フォーラム「明日の日本語教室を考える」


●留学生相談・留学生会館の運営

KIAの事業としてまず着手されたのは、急激な円高による経済的な問題や、宿舎不足に悩む留学生への支援です。1988年にはKIAの中に留学生相談コーナーが開設されました。その後神奈川県により、私費留学生を対象として1990年に神奈川国際学生会館白根(横浜市旭区)、91年に神奈川国際学生会館淵野辺(相模原市)のふたつの留学生会館が開設され、2013年に閉館するまでKIAが運営を担いました。(のちに神奈川県国際研修センター(横浜市旭区)でも留学生に居室を提供。KIAによる運営は1999年~2010年)
2館とも、留学生を支える地域住民との交流が活発に行われ、地域の盆踊りが館で開催されたり、館の留学生を支える市民グループが結成され、交流活動のほかに生活資金の支援が行われるなどしました。



●地域のさまざまな取組と連携・協力

当時、日本語や労働、医療・福祉、教育、法制度などの分野で外国人住民が直面した困難に対応し、県内各地で様々な活動が活発に行われるようになりました。
KIAは、県内各地の実践者や関心を持つ市民が課題や経験を話し合い、共有できる場づくりを行いました。また、そこで挙げられたニーズを事業につなげていきました。



・かながわ国際識字フォーラム開催・「ことばのちず」発行

1990年(国連が定めた「国際識字年」)には、「かながわ国際識字フォーラム」が開催されました(KIAを含む「かながわ識字プロジェクト」主催)。
日本では「識字」は発展途上国の問題として取り上げられていましたが、同フォーラムは日雇い労働者の町である横浜・寿町や在日韓国・朝鮮人一世が中心である川崎市ふれあい館の識字学級、夜間中学や、県内の外国人のための日本語教室のほか、広島・和歌山・大阪・京都など日本国内の識字の学習者を中心に据え、シャプラニール、SVA(曹洞宗国際ボランティア会/当時)などのNGOを通じて招聘したアジア・アフリカ・南米6か国の識字ワーカーがともに議論するもので、約250名が参加しました。
準備の過程で訪問した県内の識字教室・日本語教室や支援団体・医療機関・教会などの情報は、フォーラム終了後に「ことばのちず」と題して7言語で発行されました。当時こうした情報は少なく、発行後は外国人住民や日本人の関係者からの相談や問い合わせが多数寄せられるなど、大きな反響がありました。



かながわ国際識字フォーラムの記録
「識字をとおして人びとはつながる」小沢有作編、1991年、明石書店

「ことばのちず」
中央は1990年発行の初版
(ふりがなつき日本語、英語、ハングル、中国語、スペイン語、ポルトガル語、タイ語の7言語)のちにタガログ語を加えた8言語で改訂版を発行。


・日本語ボランティアとのネットワークによる事業

1991年からは「定住者のための日本語シンポジウム」など、県内各地の個人や市民グループと連携しながら、地域の日本語学習・生活支援のための事業を行いました。



「SONA’91~定住者のための日本語シンポジウム」実施案内。難民や中国帰国者の支援団体など13団体の協力で実施Hello Friends 136号(1991年2月発行)より

定住者のための日本語教科書「わたしのこと」
1991年発行、監修:高柳和子氏
学習現場の調査などにもとづき作成。
当時普及していた日本語教材は、技術研修生やビジネスマン、留学生などを対象としたもので、地域の日本語教室で学ぶ学習者向けの教材は当時ほとんどなかった

また、定住が進むにつれ、外国につながる子どもや若者への対応を求める声が多く上がるようになり、子どもたちが主体的に参加できる場として、1993年には「キャンピング・フォーラム SONA’93」が行われました。この「キャンピング・フォーラムSONA」は、KIAにとって、外国につながる子ども・若者を中心に据えた初めての取組でした。(1994年からは「エスニック・キャンプ」として開催)



「キャンピング・フォーラムSONA’93」報告
Hello Friends 161号(1991年2月発行)より
「SONA’91~定住者のための日本語シンポジウム」実施案内。
難民や中国帰国者の支援団体など13団体の協力で実施
Hello Friends 136号(1991年2月発行)より

この時期に実施した事業の多くは、前回ご紹介した開発教育教材「たみちゃんと南の人びと」シリーズの中で定住難民について紹介した冊子「カンボジアの少女ソナ」の主人公の名前を定住者の象徴として冠しています。

「カンボジアの少女ソナ」が発行された1989年には在住外国人や中国帰国者などへの日本語や生活支援を行うグループ間のネットワーク「ソナの会」が生まれました。同会は日々様々な外国人住民と出会い、かかわる中で彼ら/彼女らの状況やニーズを知り、「県内日本語教室マップ」「外国人のための医療機関リスト(神奈川県)」を作成するなど、神奈川県域全体で外国人住民が暮らしやすい地域づくりのための情報を蓄積・発信しました。

「ソナの会」は2016年に解散されましたが、同会が作成した「日本語教室マップ」は、KIAが引き継ぎ、子どもたちのための学習支援教室や母語教室の情報を加えてウェブ上に掲載・毎年情報を更新しており、現在も多くの外国人住民や支援者の方々などに利用されています。

かながわ日本語教室・学習補修教室・母語教室マップ https://www.kifjp.org/classroom/

現在KIFのウェブサイトでは、上記の「マップ」のほかにも、県内の様々な個人・団体のご協力により蓄積された数多くの成果が発信されています。

このほか、1993年には、NGOに対する資金助成のシステム「かながわ民際協力基金」事業も開始され、海外協力を行うNGOとともに、急増した外国人労働者・外国人女性などにかかわるNGOへの助成も行われました。「民際協力基金」については、また別の回でご紹介します。



参考資料

・神奈川県国際交流協会ニュースレター Hello Friends
・「神奈川県~民際外交の展開」後藤仁  
駒井洋・渡戸一郎編「自治体の外国人政策」明石書店 1997年 所収
・多文化・多民族社会の進行と外国人受け入れの現状―神奈川県の事例にそくして―
 かながわ在日外国人問題研究会 1992年
・民際外交20年 世界にひらかれた神奈川をめざして 神奈川県 1995年 ほか

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