調査「英国ミュージアムにおける多文化共生のための取組とその課題」

日本国内のミュージアムには多文化共生の取組事例が少ないことから、マルパを実施するに先立ち、ロンドン在住で英国におけるミュージアムの多文化共生事例に詳しい吉荒夕記さん(ロンドン・研究⽀援団体Art Logue代表)に依頼して、移民とかかわる画期的な事業を展開してきたロンドン博物館・ホワイトチャペル美術館2館の多文化共生の取組について、現地でインタビューを含む調査を行ってもらいました。


ロンドン博物館ドッグランズ分館で⾏われた⼦ども対象のワークショップ

ホワイトチャペル美術館のアウトリーチ活動

それぞれのミュージアムでは、移民コミュニティを理解する必要性を強く認識しています。ロンドン博物館では外国人学校教員で構成されるアドバイザリー・グループを作って、ミュージアム来館時に利用する学習教材の制作にその助言を活かしており、ホワイトチャペル美術館では美術館スタッフが移民コミュニティの催しに参加しています。こうした事例から学んだ「相手を知ること」「相手と関わること」の大切さは、後に「マルパ」事業に具体的に反映されています。

→英国ミュージアムにおける多文化共生のための取組とその課題20171130(PDF)



2017年度 マルパ研修会

2018.2.25 マルパ研修会(講演会)「インクルーシブデザイン×デザイン思考を美術に活用する方法」
2018.3.21 マルパ講演会&研修会「ユニバーサル・ミュージアムとは何か―触文化論に基づく展示・教育普及事業」

2018年度 マルパ研修会

第1回マルパ研修会(障がい者対応研修)
第2回マルパ研修会(講演会&ワークショップ)
第3回マルパ研修会(講演会&意見交換会)

○第1回マルパ研修会(障がい者対応研修)
実施日 2018年11月5日(月) 会場 横須賀美術館
講師 (株)UDジャパン 代表取締役 内山早苗さん
   当事者の方々  松村道生さん(視覚障がい)/西岡克浩さん(聴覚障がい)/岡村道夫さん(車椅子ユーザー)
対象 美術館職員(特に受付・監視職員)

(主な内容)
座学「障がいの理解とサポートの基本」(内山早苗さん)
・まちを歩く2人に1人は特性がある
・さまざまな障がいと特性を理解する
(1) 動きの障がい―肢体障がい者の特性・困難
(2) 情報の障がい(視覚障がい/聴覚障がい)―コミュニケーションのポイント
(3) 見えない・見えにくい障がい
内部障がい(生命を維持する重要な機能の障がい)、精神障がい(統合失調症、発達障がい 等)、発達障がい(自閉症スペクトラム・注意欠陥多動性障がい・学習障がい)、知的障がいがある

最初に内山さんの講演の中で、障がいのある方々への対応の基本は、対等な関係の上でそれぞれの特性を配慮すること、基本は相手に「どういたしましょうか?」と聞くことが大切とご説明いただきました。


講師 内山さん

昼食時には参加者が2人1組になり、片方の人がアイマスクをし、もう片方の人が「○○時の方向に箸があります」等言葉でモノのありかを伝える等して、視覚障がいのある方にわかりやすく情報を伝える練習をしました。この「時計の○時」という言い方で相手にモノのありかを示す方法は、「クロックポジション」と言うそうです。


昼食後は、当事者の方々からそれぞれのお話しを聞くセッション「ルーム・オブ・ダイバーシティ」(「動きの部屋」「音の部屋」「光の部屋」)が、美術館内の3つの箇所に分かれて実施されました。受講者のみなさんは30分ごとに各「部屋」のお話しを聞いたり実践したりして、それぞれの障がいの特性を直に感じることができたと思われます。



「動きの部屋」車椅子ユーザー対応研修 (講師 岡村さん)






「音の部屋」聴覚障がい者対応研修(講師 西岡さん)




「光の部屋」視覚障がい者対応研修(講師 松村さん)





研修全体として、障がいの違いはあっても当事者の気持ちに寄り添い、どうしたらよいかを尋ねる等、コミュニケーションを取ることが大事であることを学ぶことができました。

【参加者の感想】
・同じ障がいのある方でも、同じ対応ではいけない、当人と向かってその方にあった対応が必要であるということが、すごく勉強になりました。答えが多様にあるということを、日々思い、いろいろな人に気持ちよくすごせていただける場になる様に、頑張りたいです。
・「障がいは環境が作る」という言葉がとても印象深く残りました。すこしの思いや工夫で、障がいを持つ方々も同じ様に過ごすことができるという思いを気付かせられました。また、障がいを持つ方々に直接話を聞く事ができたり、アイマスクでの体験は感覚としてわかりやすくよかったです。職場では、何を手伝えるのか、おせっかいにならず、もっと気軽にご本人に聞いてみたいと思いました。ありがとうございました。
・実際に体験できたこと、車イス、アイマスクなど分かってよかったです。上から目線ではなく対等に思いやる気持ちは、その美術館全体の雰囲気や愛情となって伝わっていくのではないかと思います。



○第2回マルパ研修会(講演会&ワークショップ)
実施日 2018年11月17日(土) 
会 場 神奈川県立近代美術館・葉山館・講堂講 師 川畑 秀明さん(慶應義塾大学文学部教授/専門:認知心理学・神経美学)
対 象 美術館・博物館学芸員及び一般県民講演「美術がもたらす「心」への作用」

(主な内容)
○美は脳のどのような働きによって生じるのか?
絵画(視覚)でも音楽(聴覚)でも、美を感じるときは「内側眼窩前頭皮質(内側部)」の活動が高まる
○美は文脈や枠組みに影響を受けやすい
アンディ・ウォホール(1928~1987/米国の美術家・ポップアートの巨匠)の作品「ブリロ・ボックス」(Brillo Soap Pads Box/1964)は、美術館に設置され鑑賞する場合には鑑賞者は「美」と感じる。「ブリオ・ボックス」は簡単に入手できるため、日常生活(家)で見ることがある。その場合は、「美」とは感じにくい。美術館にあるか家にあるかで、「美」と感じるかどうか、またその度合いを左右する。
○美術鑑賞の有効性
・美術館での美術鑑賞が不安を低下させ、幸福を増加させる。
・美術館での美術鑑賞が高齢者における感情の質を向上させる。
○言葉に出すことで見え方や記憶が変わる
・言語化しながら美術鑑賞を行うことで、絵画に表現されている「もの」「こと」を結びつけて考えられるようになる。
○どのように美術鑑賞における対話は重要なのか?
・美術鑑賞における対話は「ワーキングメモリ」(短時間、情報を保持しそれを操作する能力)を向上させる可能性があるとともに、「共感」(他者との経験の共有、他者の考えや気持ちの共有)を向上させる可能性がある。

 川畑さんからは美術鑑賞がどのように「心」の働きへ作用するのか(特に高齢者における精神的幸福感や認知能力にどのように作用するのか)をテーマに、上記の内容をご説明いただきました。


講演

 講演会の後、神奈川県立近代美術館所蔵の絵画作品の清水登之《映画館》、古賀春江《窓外の化粧》をスクリーンに映写し、テーブルごとに参加者がその絵画についての感想を話し合うワークショップを行いました。最後にどんな感想があったかを2つのテーブルから聞き、水沢館長から各作品についての解説を行っていただきました。


ワークショップ

参加者のみなさんは講演で聞いた内容をすぐに、楽しみながら実践できたことで、ワークショップには大変満足された様子でした。

【参加者の感想】
・美術鑑賞の有用性を脳科学的に示す、というアプローチを初めて知ってそれがとても面白かったです。
・実際にワークショップを体験してみて、作品を見ながら考えたり発言したり、人の意見を聞くのがとても楽しかったことが「気づき」でした。とても気持ちのよいコミュニケーション方法だと思います。ありがとうございます。
・共に鑑賞して語り合うことの重要性を教えていただいたことはありがたかったです。


○第3回マルパ研修会(講演会&意見交換会)
実施日 2019年1月22日(火)
会 場 神奈川県立近代美術館・葉山館・講堂
対 象 マルパ美術館学芸員

① 朝鮮学校の美術を通した教育の紹介
(講師 姜 泰成さん 神奈川朝鮮中高級学校美術教員)
(主な内容)
在日朝鮮学生美術展
・全国の朝鮮学校(61校)で行われている美術の授業から集めた作品の展示会
・全国の朝鮮学校美術教員による研究会(於東京・朝鮮大学校)にて、美術の授業やクラブ作品を審査(中央審査)
・作品応募数:11,000点 中央審査推薦数 約4,600点
優秀賞620点―授業の作品/特別金賞・金賞・銀賞・銅賞―部活動の作品
審査の特徴―全ての作品を何の前提条件も付けずフラットに評価
(昔は写実性が強い作品に高い評価を与えていた)
・優勝賞及び特別金賞・金賞・銀賞・銅賞の作品が北海道から九州まで全国11か所で巡回展として展示

神奈川朝鮮中高級学校美術部の活動
・2009年に美術部活動が開始され、2年目から年2度、学校外で展覧会を開催。
 また、日本の学校の美術部と合同展示会も過去4回にわたって開催。
・最近は社会問題を題材化、その傾向は美術部展示会に反映されている。展示会会場ではギャラリートークを積極的に実施 等

 姜さんからは朝鮮学校の美術教育の特徴や美術部が積極的に校外で活動されていることをご説明いただきました。


講演(姜さん)

② ヨコハマトリエンナーレ2017の出品作品「グリーンライト」関連講座・ワークショップの紹介
(主な内容)

(1) 関連講座 難民理解講座「若者たちのライフストーリー:〈移民〉から〈わたし〉へ」 開催日 2017年9月10日
[説明:一般社団法人kuriya 海老原周子さん] 

アイスランドの作家オラファー・エリアソンによる作品「グリーンライト」の関連ワークショップとして、「we-ness(わたしたち感)」というテーマを聞いた海老原さんは、下記を目的に難民理解講座「若者たちのライフストーリー:〈移民〉から〈わたし〉へ」をヨコハマトリエンナーレ事務局に提案したそうです。
 ・ 祖国や郷里を離れて日本で生活する人々の状況を知ってもらう
 ・ そうした異なる背景を持つ人々と共に生きる環境づくりが、日本社会の豊かさにつながる可能性について考えてもらう

 実施された難民理解講座では、団体の活動に携わってきたネパール出身の若者に自らの経験を話してもらう場を設けられました。映像作家を志望してネパールから来日したアビナッシュさんは、「日本の社会とどういうふうに接続していいかわからない」、「なかなか同世代で映像を作る日本人と友達ができない」という悩みを抱えていましたが、kuriya の活動を通じて日本人の友人をつくることができたといいます。
 アビナッシュさんの、アートを通じて日本社会と接続した体験について、海老原さんは一人の「移民」の若者の物語でもあるが、映像作家という夢を持つ一人の若者の物語でもあったと強調されました。

(2) 関連ワークショップ「1秒の光で世界をつくる」[説明:野呂田]
講師 SHIMURAbros(シムラブロス) 開催日2017年10月29日 
トルオン・ティ・トゥイ・チャンさんのご家族3世代7名をご招待
・ チャンさんご本人による、チャンさん一家がインドシナ難民(※)となり、祖国ベトナムから日本に来るまでの状況についてのお話し
  ※1975年のベトナム戦争終結に相前後し,インドシナ3国(ベトナム・ラオス・カンボジア)では新しい政治体制が発足し,そうした体制になじめない多くの人々が,その後数年に亘り,国外へ脱出しました。これらベトナム難民,ラオス難民,カンボジア難民を総称して,「インドシナ難民」と呼んでいます。(外務省HP)
・ ワークショップ
ⅰ 参加者一人一人がトリエンナーレ会場(横浜美術館)を歩き回り、自分の携帯カメラにより1秒の動画(24コマで構成)を撮影
Ⅱ 撮影されたデータをシムラブロスがコマの順序を再構成して上映
Ⅲ 撮影者とは別の参加者による感想/シムラブロスによるコメント
感想を述べる中でチャンさんのお父さんはグランドギャラリーに設置されたジョコ・アヴィアントの作品《善と悪の境界はひどく縮れている》を見て、難民が乗った船が越えてきた「波」に見えたと語りました。
 一般的に難民の方々は現代アートを見ても分からないと考えてしまいがちです。これまでチャンさんのお父さんは自身の過去について口が重たかったにも拘わらず、今回、現代アートの作品を見たことで、自分の遠い記憶を語るようになったとのことです。
 いろいろな解釈が可能な現代アートには、自分自身、そしてこれまで話したことのない人々との「対話」を引き出す可能性があると思われます。

③ 絵から始める外国につながる子どもたちの日本語教育
(講師 松本 典子さん 特定非営利活動法人かながわ難民定住援助協会 理事)
(主な内容)
・「言語技術教育」―欧米諸国の母語教育の裏付けとなっている   欧米では母語教育とは別に説明文・描写文・アピール文・物語文・論証文をどのように書けばいいか指導されている―日本の国語教育は世界の中ではむしろ異質 ・「絵から始める」とは絵を見ることで論理的に考え、考えた内容を話すことから始めるという意味(「論理的」:子どもたちにどうしてそう思ったかを問うこと) ・具体的な発問の方法としては、最初に絵の情報の全体を捉え、その後、入れ子のように内側に向かって、どんどん質問を子供たちに投げかけていく「これはどこを描いているか?」「季節はいつ?」等 ・この手法は特に小学生のこどもたちの4技能「聞く、話す、読む、書く」によい影響を与える。
〜実践1:絵や絵本を使っての教室での授業
・子どもの生活の実体験を伴う絵(6枚・民際協力基金の支援を受けて作成)を使用
・ピーターコリントン『聖者のおくりもの』(文字のない絵本)を使用
<ポイント>絵をどのように子供に見せるか
教室の授業では一人一人に絵本を持たせずに、絵本をスキャンして映写して見せた
  ⇒一人一人が絵本を持っていたときには「あれ」「それ」だったのが、映写して見せたことで、「絵」と「子供たち」に物理的な距離が生まれ、「バイクに乗ったおじさん」等自然と言葉がでるようになったという指摘が先生からあった。
〜実践2:横須賀美術館のアートカードを借用しての教室での授業
<ポイント>異なる学年の子ども同士を対象とした授業の場合、子どもの自尊心を損なわないよう配慮が必要
  ⇒6年生、2年生、1年生の子どもたちが一緒に受ける授業で、アートカードについて1年生の子どもの発言が多いと6年生の子どもの自尊心が傷つくかもしれない。そのため、一人一人にアートカードを1セット渡したところ、それぞれ歓声を上げた。

松本さんからは、つくば言語技術教育研究所長の三森ゆりかさんが開発した言語技術教育手法をベースに、当財団のかながわ民際協力基金から助成を受けて「絵から始める外国につながる子どもたちの日本語教育~観察力・論理的思考力・批判力を高める為に」と題した授業実践から得られた知見をご説明いただきました。


講演(松本さん)

 講演の後の意見交換会では、参加者と講師の間で朝鮮学校の美術教育と日本の美術教育との違いや、三森さんの言語美術教育について話し合ったり、もう少し詳しくお聞きしたりしました。研修全体として参加者のみなさんには、普段聞きなれない、大変新鮮な内容だったと思われます。




意見交換会の様子

【感想】
・日本の学校と異なる評価基準や学習メソッドとそれらの効果を知ることができた
・異なる立場の参加者で意見交換し、問題を多角的にみることができた
・外国人学校と日本語地域教育の両方の取り組みを知ることができ、大変有意義でした。